南アジア > インド
India. 前身はインド帝国。
言語は憲法で22言語で記載されている。 多いものはヒンディー語、ベンガル語、テルグ語、マラーティ語、タミル語、 ウルドゥ語、グジャラート語等。
(北部の王朝)
マウリヤ朝 | 前317頃-前180頃 |
クシャーナ朝 | 後45-240頃 |
グプタ朝 | 320頃-550頃 |
ヴァルダナ朝 | 606-647 |
(諸王朝に分裂) | |
ガズナ朝 | 962-1186 (南アジア) |
ゴール朝 | 1148?-1215 (南アジア) |
デリー=スルタン朝 | 1206-1526 |
ムガル帝国 | 1526-1858 |
インド帝国 | 1877-1947 |
インド | 1947- |
(南部の王朝)
サータヴァーハナ朝 | 前1世紀-後3世紀 |
チャールキヤ朝 | |
ムガル帝国 |
(南端の王朝)
チョーラ朝 | 前3世紀頃-後13世紀 |
パッラヴァ朝 | |
パーンディヤ朝 | 前3世紀頃-後14世紀(一時チョーラ朝が支配) |
ヴィジャヤナガル王国 | 1336-1649 |
ムガル帝国 |
前身はムガル帝国。
インド社会の身分制度。 起源は古代インドにおける四種のヴァルナ(バラモン、クシャトリヤ、ヴァイシャ、シュードラ)。 現在は2000-3000のカースト(現地語ではジャーティ)が存在する。
職業の世襲固定化、異なるカースト間の結婚の禁止等の問題をはらんでいる。 特にアウト-カースト(社会外存在)は不浄の存在とされ差別が深刻になっている。
後45-240頃のインド北部の王朝。 イラン系クシャーン人が建国。 都はプルシャプラ。ガンダーラ美術が隆盛した。
ササン朝ペルシアにより崩壊。
320頃-550頃のインド北部の王朝。 チャンドラグプタ1世が建国。 都はパータリプトラ。 サンスクリット文学、斜事詩、グプタ美術を構築した。 数値の表記は十進法で行い、ゼロの概念もつくった。
エフタルの侵入により崩壊。
アーンドラ朝とも。 前1-後3世紀に存在したドラヴィダ人の王朝。 都はプラティシュターナ(現パイタン)。
ヴァルナ制度により、血縁、職業で結ばれた集団。
ダリットとも。不可触民。 ヴァルナの外に置かれた民衆。社会の最下層に位置付けられていた。
多数のカーストからなる。
ガンディーは制度の撤廃を目指した。 またアンベードカルは仏教改宗運動を展開した。
(0).前3世紀から後3世紀まで存在した王朝。
(1).846頃-1279。古代南インドの王朝。首都はタンジョール。
最盛期にはデカンを除く南インド全域とセイロン北部を支配した。
1206-1526。 5つの王朝の総称。
奴隷王朝 | 1206-1290 |
ハルジー朝 | 1290-1320 |
トゥグルグ朝 | 1320-1414 |
サイイド朝 | 1414-1451 |
ロディー朝 | 1451-1526 |
ロディー朝はムガル帝国に滅ぼされた。
1206-1290。 ゴール朝のトルコ人奴隷兵出身の将軍アイバクがたてた王朝。 デリー=スルタン朝の一つ。 首都はデリー。インド初のイスラーム系王朝。
紀元前から14世紀まで南インド南端にあった王朝。 首都はマドゥライ。
606-647、インド北部の王朝。 ハルシャ王が建国。都はカナウジ。
古代インド社会の4種の階層。 カーストの母体。
前317頃-前180頃に栄えたインド北部の王朝。 チャンドラグプタ王が建国。 首都はパータリプトラ。