芸術 > 磁器
(じき)
石物。陶石と呼ばれる岩石を砕いた粉を原料にしてつくられる。
焼く温度は1200-1400度。
絵付け後は更に低温で焼く。
陶器と比べると吸水性がなく硬い質感。
がいしの原料として使われる。
日本で使われ始めたのは江戸時代から。
- 500頃 中国で白磁の生産開始
- 1000頃 中国で磁器生産が盛んになる
- 1100頃 朝鮮に白磁技法が伝わる
- 1150頃 染付が盛んになる
- 1600頃 赤絵等の技法が発達
- 1602- 船により中国磁器がヨーロッパに入ってくるようになり流行(シノワズリ)
- 1604 日本で磁器がつくられる
- 1653 明が清になり磁器の輸出停止、かわりに有田磁器の輸出が始まる
- 1682 ヨーロッパで磁器輸入再開
- 1689 有田磁器の輸入制限
- 1708 ヨーロッパで磁器の生産に成功
- 1710 マイセン設立
- 1735 ドッチア設立
- 1738 セーブル設立
- 1759 ウェッジウッド
- 1805 ボーンチャイナ開発
- 1807 瀬戸で磁器製造に成功
- 1815 ロイヤルドルトン
(あうがるてん)
オーストリアの磁器製造所。
- 1718 ウィーン磁器工房 アウガルテンとして創立
- 1744 王室直属の窯となる
- 1784 ゾルゲンタール男爵の手に移る
- 1810 ナポレオン・ボナパルトの婚礼で使われる
- 1864 閉鎖
- 1924 工房がアウガルテン宮殿に移され、アウガルテンに改称
(ありたやき)
有田でつくられる磁器。
伊万里港から出荷されていたため、伊万里焼と呼ばれることもあった。
現在は有田焼として区別されている。
(いまりやき)
古伊万里とも。
有田付近でつくられる磁器。
伊万里港から船で出荷されていたため、伊万里以外の場所で作られたものも伊万里焼と呼ばれた。
現在は有田産のものは有田焼として区別されている。
1610-1640頃 初期伊万里
唐津焼と同じ技法でつくられたもの。
古伊万里
江戸時代に作られたもの。
- 1601頃 文禄・慶弔の役により朝鮮半島からきた人々により作り始められる
- 17世紀 中国磁器の輸出が停止し、輸出需要が拡大
- 17世紀末 中国が輸出再開
- 18世紀前半 ヨーロッパで磁器がつくられるようになり、輸出が減る
- 18世紀前半 日本中で使われるようになる
(うぇっじうっど)
イギリスの陶磁器メーカー、ブランド。
- 1759 設立
- 1765 王室御用達となる
- 1769 ブラックバサルト
- 1774 ジャスパーウェア
- 1936 エトルリアからバーラストンに移転
- 1986 ウォーターフォード・ウェッジウッド社傘下となる
(かきえもん)
江戸時代につくられた磁器。
佐賀県有田町で酒井田円西と息子の喜三右衛門が始めた。
乳白色の地肌に赤色系の上絵を焼き付ける方式。
- 1640年代 赤絵磁器の焼成に成功、喜三右衛門に柿右衛門の名が与えられる
- 1700年代 金襴手磁器を生産開始
(けいとくちん)
中国の磁器または地名。
土は高嶺土が使われる。
- 9-10世紀 製造開始とされる、当初は昌南鎮と呼ばれた
- 景徳年間 宮廷用の磁器を生産、地名を景徳鎮に改称
- 元代 青花や釉裏紅が登場
- 明代 民間でも一部の陶磁器を焼かせるようになる
- 清代 世界的な産地として繁栄
(しのわずり)
17世紀後半から19世紀はじめにかけてのヨーロッパにおける中国趣味。
特に陶磁器が流行した。
(すーじーくーぱー)
1902-1995.
イギリスの女性陶磁器デザイナー。
- 1922 企業で陶器デザイン開始
- 1929 独立
- 1940 Royal Designer For Industryに選ばれる
- 1941 戦争によりショールームが破壊される
- 1950年代 ボーンチャイナの会社を買収、スージークーパーチャイナ設立
- 1987 ウェッジウッドと契約、マン島に移住
(せーぶる)
フランス国立の陶磁器生産所。
一般には流通しないため幻の窯と呼ばれる。
- 1738 ヴァンセンヌ窯を設立
- 1751 ポンパドゥール夫人により独占事業として保護
- 1756 セーブルへ移転、王立となる
- 1759 フランス王立セーブル製陶所に改称
- 1772 リモージュのカオリンを使用して硬質磁器を生産開始
- 1789 フランス革命の影響で破壊
- 1804 ナポレオン1世により復興、アンピール様式を採用
- 1876 国立セーブル陶磁器製作所設置
- クラウデッド・ブルー
- ファット・ブルー
- アガサ・ブルー
(せいじ)
中国の磁器の一種。青緑色の色調をもつ。
唐代に発達し、宋の時代に最盛期を迎えた。
釉に微量含まれる鉄が還元焼成により青緑色となる。
この際に酸化すると黄変する。
朝鮮に伝わったものは高麗で発達し、高麗青磁というものが生まれた。
(そめつけ)
白色胎土の素地に酸化コバルト(呉須)の顔料で絵付し、
透明釉をかけて焼成した陶磁器のこと。
磁器に用いられる場合が多い。
文様は釉の下で藍青色に発色する。
藍染に色彩が似ているのが名の由来。
中国で元代に大成し、青花と呼ばれた。
(はくじ)
中国の陶磁器の一種。白い色調をもつ。
白素地に透明または半透明の釉をかけたもの。
青磁に使う釉から鉄分を抜いたもので
白色粘土に、鉄分を含まない植物灰とカオリンを主成分とした釉をかけ、高温焼成される。
6世紀頃に生まれ、
唐代に発達、宋の時代に最盛期を迎えた。
日本への伝来は16世紀ごろ。
(ふんせいさき)
粉粧灰青沙器の略。
朝鮮で15世紀を中心につくられた磁器。
白泥を化粧がけし、灰青色の釉をかけたもの。
高麗青磁から転化したとされる。
日本では三島と呼ばれる。
(ぼーんちゃいな)
粘土に牛の骨を焼いた骨灰が含まれた磁器。
やわらかい乳白色で遮光性が高い。
カオリンが入手困難なイギリスで磁器をつくるために1748年に開発された。
釉は鉛釉が使われる。
焼成温度は磁器より低いため、高温で退色する顔料を使用可能。
一般的な磁器粘土より粘りが少ないため、成型が難しい。
(まいせん)
ドイツの磁器メーカー。
ヨーロッパで初めて磁器を製作した。
- 1705 ザクセンの選帝侯アウグスト強王がベトガーに磁器製造を命じる
- 1709 磁器製造に成功
- 1710 拠点をドレスデンからマイセンに移転
- 1720 絵付師のヘロルトと契約、シノワズリをモチーフとし始める
- 1731 ケンドラーを採用
- 1764-1774 アカデミー期
- 1774-1815 マルコリーニ期
- 1864 工場をアルブレヒト城からトリービッシュタールに移す
- 戦後 東ドイツ国営工場となる
- ドイツ統一後 ザクセン州立となる
(ゆうりこう)
白磁の素地に紅色の画が描かれた磁器。
銅を発色剤とした下絵具で絵付する。
温度は1300度以上で、温度帯を外れると画が黒みを帯びたり、飛んだりするため
製作が困難。
- 1341頃 製造開始
- 元代末期 品質向上
- 明代後期 最盛期
Generated by ldiary3.00beta t2h3_method 2008/09/28